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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7112号 判決 1988年6月27日

原告

高久信行

原告

高久行子

原告

原田一光

原告

原田クニ子

右原告ら訴訟代理人弁護士

中本源太郎

山本裕夫

鳥生忠祐

斎藤義房

下林秀人

渡邉澄雄

青木護

被告

アサノコンクリート株式会社

右代表者代表取締役

川田武

被告

日本セメント株式会社

右代表者代表取締役

原島保

右被告ら訴訟代理人弁護士

吉永順作

主文

一  被告アサノコンクリート株式会社は、原告高久信行及び同高久行子に対し、それぞれ一一〇四万四二五三円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払済みまで年五分の割合による各金員を、原告原田一光及び同原田クニ子に対し、それぞれ一〇三四万五八二三円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らの被告アサノコンクリートに対するその余の請求及び被告日本セメント株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告アサノコンクリート株式会社との間において生じた分は、これを四分し、その一を被告アサノコンクリート株式会社の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告日本セメント株式会社との間において生じた分は全て原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告高久信行及び同高久行子に対し、それぞれ四〇七四万四七四三円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払済みまで年五分の割合による各金員を、原告原田一光及び同原田クニ子に対し、それぞれ三九五九万九〇五一円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告高久信行及び原告高久行子は、訴外高久和生(以下「高久和生」という。)の父母である。

(二) 原告原田一光及び原告原田クニ子は、訴外原田友和(以下「原田友和」という。)の父母である。

(三) 被告アサノコンクリート株式会社(以下「被告アサノ」という。)は、生コンクリート(以下「生コン」という。)の製造及び販売等を目的とする会社で、本件事故の現場である東京都北区浮間一丁目三番二号所在の同社浮間工場(以下「本件工場」という。)において生コン製造等の業務を行つている。

(四) 被告日本セメント株式会社(以下「被告日本セメント」という。)は、セメントの製造及び販売業を目的とする会社で、被告アサノの株式の五〇パーセントを保有して(残りの五〇パーセントは被告日本セメントの子会社が保有している。)同社の経営権を掌握しており、自社の所有物件たる前記浮間工場を子会社である被告アサノに提供し、自社の関連業務のうち生コン関連業務の全部を担当させていた。

2  本件事故現場の状況及び本件事故の発生

(一) 本件工場内の北東寄りにある砂置場(以下「本件砂置場」という。)は、間口約四三メートル、奥行約二〇メートルの細長い形状をしているものであるが、コンクリートブロック製の側壁により八区画に仕切られており、生コン製造用の砂と砂利が種類、粗さに応じて区画ごとに仕分けされ積み上げられていた。そして、右砂置場の直下には地下室が設けられており、地上の砂等は、各区画の地表面に設置されたホッパーと呼ばれる八〇センチメートル四方の取入口から右地下室内のベルトコンベアー上に落とされてプラント工場まで搬送される構造になつていた。

そして、右ホッパーには十字の格子と砂の取入れを調整する蓋が設置され、この蓋とベルトコンベアーは、コンピューターによる自動遠隔操作により作動する仕組みとなつており、プラント工場内で砂等の量が不足してきたときは、コンピューターが砂等を補給するため自動的にホッパーの蓋を開き、ベルトコンベアーを作動させるシステムとなつていた。

(二) 高久和生及び原田友和(以下、二名を併せて「本件被害児童ら」という。)は、昭和六〇年六月一日午後二時三〇分頃、原田友和の級友四人とともに、本件砂置場の北側から五番目の区画に約四メートルの高さに積まれた砂山の頂上部分のすり鉢状のくぼみ部分に入つて遊んでいるうち、突然右砂山下部のホッパーが開いて砂の取入れが始まり、足元の砂が一気に崩落していわゆる蟻地獄の状態となり、すり鉢状の穴の中を崩落する砂とともに右ホッパーに向かつてひきずりこまれ、崩れ落ちた砂に埋もれて窒息死した(以下「本件事故」という。)。

3  本件砂置場の設置保存の瑕疵

前項記載のとおり、本件砂置場は、一見すると、単なる野積みの砂山のようでありながら、自動遠隔操作で一たび砂の取入れ作業が始まると、突如、蟻地獄と化して人命に係るような危険な構造を有する工作物であつた。しかるに、被告らは、(1) 右工場の周囲に部外者の立入りを防止するための塀を設置せず、また、右砂置場の危険性を近隣住民に周知させたり、立入禁止の掲示を設置することもせず、とりわけ、本件砂置場は周辺隣地と接する箇所に位置していたにもかかわらず、砂置場に連なる敷地の北側及び西側一帯は、開放状態のままにしていた。また、(2) 本件砂置場にも南西側の前面には囲いがなく、出入り、登り降りが自由にできる状態にしていた。そして、(3) 前記のとおり、砂の取入れは遠隔操作で行われるのであるから、砂の取入れ開始時には砂置場での安全の確認が必要であり少なくとも監視員の配置等の措置を講ずべきであつたのに何らの措置も講じていなかつた。また、(4) 本件事故以前にも近隣の子供たちが頻繁に本件工場内に立ち入つている状況があつたにもかかわらず、これに対しても、子供に注意する以外特に何らの対策を講じていなかつた。

4  被告らの占有

(一) 被告アサノは、本件砂置場を直接占有していた。

(二) 被告日本セメントは、以下の理由により、本件砂置場を被告アサノと共同して、もしくは重畳して占有していた。

民法七一七条一項の「占有者」とは、所有者、占有者の内部関係、瑕疵ある工作物の危険性の程度、工作物の管理の実情等の諸点を考慮したうえで、被害者との関係で土地工作物を管理支配すべき地位にあると認められる者も含むと解するべきであるところ、被告日本セメントは、本件工場敷地について、被告アサノに対し賃貸人の地位にあるだけではなく、被告アサノの親会社として、同社の事業総体を資本関係、人事関係、取引関係を通じて支配する地位にあつた。

しかも、被告日本セメントは、本件工場敷地全体についても管理支配すべき立場にあつた。すなわち、本件工場敷地を含む北区浮間一丁目三番一ないし四の四筆の土地は、被告日本セメントが被告アサノの工場用地として購入し、直ちに同社に工場としての使用を供させたものであるが、右四筆の土地は、四方を道路で囲まれた独立した区画として存在しているところ、その区画内の使用については、被告日本セメントがその事業上の必要に応じ、随時、同社の関連会社に賃貸し、土地全体の使用関係を調整してきたものである(本件事故当時においても被告アサノの本件工場部分のほか、被告日本セメントの関連会社に右四筆の土地の一部を貸付け、また被告日本セメント自身も土地内に二階建の倉庫を所有していたものであるが、それらの相互の境界は一定せず、右四筆の土地をどのような分割し使用するかは被告日本セメントが調整、決定していたのである。)。したがつて、前記土地工作物の設置保存の瑕疵で指摘した工場敷地全体の周囲に塀を設置することに関しては、他の関連会社が使用している土地と道路との境界部分に塀を設置する必要も生じてくることから、この点については、被告日本セメントこそが管理の責任を全うしうる立場にあつたというべきなのである。

また、被告アサノの使用部分のみに限定しても、地下にホッパーを設けた現行の野積み方式の砂置場をサイロ方式に変更したり、敷地周囲全部に亘つて塀を設置したりするなどの安全対策を施すには、土地所有者兼賃貸人である被告日本セメントの承諾が条件であることはもとより、前記のとおり被告日本セメントが被告アサノに対して経営上支配関係を有していた点からしても、多額の費用を要する安全対策の実施については、被告日本セメントの主体的な関与が必要とされる関係にあつたのである。

5  損害

(一) 高久和生の死亡により、原告高久信行及び同高久行子は、次のとおりの損害を被つた。

(1) 高久和生(本件事故当時一一歳)の死亡による逸失利益は、左記の各数値に基づく計算により五〇〇四万九四八七円となる。

(ア) 稼働期間 一八歳から六七歳まで

(イ) 賃金センサス昭和五九年第一巻第一表記載の男子労働者平均賃金

(学歴計、年齢計) 四〇七万六八〇〇円

(ウ) 中間利息の控除 新ホフマン係数による

26.3354−5.8743=20.4611

(エ) 生活費控除 右期間を通じ四〇パーセント

(2) 慰藉料 二五〇〇万円

(3) 葬儀費用 一〇〇万円

(4) 弁護士費用 五四四万円

(5) 以上合計 八一四八万九四八七円

(6) 原告高久信行及び同高久行子の損害額は、それぞれ右(5)の半額である四〇七四万四七四三円となる。

(二) 原田友和の死亡により原告原田一光及び同原田クニ子は、次のとおりの損害を被つた。

(1) 原田友和(本件事故当時九歳)の死亡による逸失利益は、左記の各数値に基づく計算により四七八七万八一〇二円となる。

(ア) 稼働期間 一八歳から六七歳まで

(イ) 賃金センサス昭和五九年第一巻第一表記載の男子労働者平均賃金

(学歴計、年齢計) 四〇七万六八〇〇円

(ウ) 中間利息の控除 新ホフマン係数による

26.8516−7.2782=19.5734

(エ) 生活費控除 右期間を通じ四〇パーセント

(2) 慰藉料 二五〇〇万円

(3) 葬儀費用 一〇〇万円

(4) 弁護士費用 五三二万円

(5) 以上合計 七九一九万八一〇二円

(6) 原告原田一光及び同原田クニ子の損害額はいずれも、右(5)の半額である三九五九万九〇五一円となる。

6  よつて、原告らは、被告らに対し、民法七一七条に基づき、原告高久信行及び同高久行子については、それぞれ四〇七四万四七四三円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、また、原告原田一光及び同原田クニ子については、それぞれ三九五九万九〇五一円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告アサノ)

1 請求原因1の(一)ないし(三)は認め、同(四)のうち「親会社」とする点は否認し、その余は認める。

2 請求原因2のうち、昭和六〇年六月一日午後二時三〇分過ぎに、本件砂置場で遊んでいた本件被害児童らが同砂置場の砂山の窪みに入つた際、ホッパー等が自動運転で作動し、砂の取入れが始まり、右被害児童らが砂に埋もれて窒息死したことは認める。

3 同3のうち、本件工場敷地の北西部に塀が設置されていないこと、本件砂置場の前面に囲いがなかつたこと、砂置場に監視員を配置していなかつたこと、工場内に立入つた子供達に対し、本件工場の担当者が注意していたことは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

本件工場敷地の北西部は、塀は設置されてないが、工場敷地が道路より相当高くなつているとともに、敷地内の道路沿いに多くの生垣が植えられており、立入禁止の立札が立てられていた。

なお、工場に関係のない一般人は、他人の工場には絶対に立入らないのが常識であり、小学生といえどもこれを充分承知している筈であるから、そもそも塀等の障壁や監視員は不要である。

4 請求原因4のうち、被告日本セメントが本件工場敷地の所有権を有し、これを被告アサノに賃貸していることは認める。

本件工場敷地内の工作物は全て被告アサノが所有している。

5 同5は不知。

(被告日本セメント)

1 請求原因1の(一)ないし(三)は認め、同(四)のうち「親会社」とする点は否認し、その余は認める。

2 請求原因2は不知。

3 同3は不知。

4 同4のうち、被告日本セメントが本件工場敷地の所有権を有し、これを被告アサノに賃貸していることは認める。

本件工場敷地内の工作物は全て被告アサノが所有している。

5 同5は不知。

三  被告アサノの過失相殺の抗弁

本件事故は、子供達が入つてはならない場所に冒険ごつこという危険な遊びをするために、こつそり隠れて侵入して遊んだ結果生じたものであり、正に、自傷行為にも等しいものであり、本件被害児童らに故意または重大な過失があつたというべきである。

四  右抗弁に対する原告らの認否及び主張

被告アサノの抗弁は争う。本件事故においては、以下の理由により、本件被害児童らに過失相殺されるべき過失は存在しない。

1  子供の人権及び遊ぶ権利

憲法は子供も含む全ての国民に人権を保障し、昭和三四年に国際連合総会で採択された「児童権利宣言」は、さらに、子供に対する特別の保護を要請し、その中で、「遊戯及びレクリエーションのための充分な機会を受けられる権利」すなわち子供の「遊ぶ権利」を保障すべきことも宣明し、また、昭和二六年に制定された児童憲章も「すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、わるい環境からまもられる。」との条項を設けている。

また、子供の遊びは、子供の社会能力を発達させる効果もあり、子供の成長の糧として重要なものである。

これらのことからして、子供が良い環境の中で、楽しく遊び自らを成長、発達させていくことは、教育を受ける権利とともに、子供固有の権利であり、この権利の実現を保障することは、おとなと社会の責任であると言うべきである。

2  子供の行動と過失相殺

子供の行動が過失相殺の過失として問題となる場合においては、第一に、安易におとなの視点で子供の行動を評価するのではなく、子供の視点から評価することが重要であり、第二に、前項に記載したおとなと子供の基本的権利義務の関係を土台にして、判断することが不可欠であり、第三に、過失相殺における「事理弁識能力」の事理弁識とは、危険発生の認識であるというべきであつて、この判断においては、個々の事案の現場の状況に基づき、(1)危険がどの程度のものか、(2)その危険が外部から容易に判断できるものか、(3)危険性を周知徹底する努力がなされていたかを判断資料とすべきであり、しかもその判断に当たつては、子供の行動と心理を基準にしなければならないのである。そして、本件は、右判断基準によれば、過失相殺がなされるべきではないというべきである。

3  土地工作物責任と過失相殺

土地工作物責任は、危険責任主義に立つたいわゆる中間的ないし無過失責任であり、一般の不法行為よりも加害者の責任が強化されている。そして、加害者に無過失責任が認められるときは、被害者の過失の比重は少なくなるというべきであり、殊に、加害者に過失のある場合は、被害者の過失は斟酌されがたいというべきであり、少なくとも、加害者に重大な過失のある場合被害者の過失は斟酌すべきではなく、仮に、斟酌するとしても、ここで斟酌される被害者の過失は重大なものに限られるというべきである。そして、右の考えは、被害者が子供である場合には、一層妥当するというべきであり、本件では、被害児童らに重過失は存しない。

第三  証拠<省略>

理由

一本件事故の発生

本件被害児童らが昭和六〇年六月一日午後二時三〇分過ぎに本件工場敷地内にある本件砂置場において砂に埋もれ窒息死したことは、原告らと被告アサノとの間では争いがなく、原告らと被告日本セメントとの間では、<証拠>により認められる。

二本件事故現場の状況及び本件事故発生に至る経緯等

本件工場敷地は、被告日本セメントが所有し、被告アサノがこれを賃借し、同敷地において、生コン製造等の業務を行つていたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告アサノは、本件工場敷地を所有者である被告日本セメントから賃借して生コン製造等の業務を行つていたが、本件工場敷地の北東部には同敷地内にあるプラント工場での生コン製造に使用する骨材(砂、砂利等)を保管するための骨材置場(本件砂置場)が設けられていた。

2  本件砂置場は、間口約55.35メートル、奥行約二一メートルの長方形の形をしており、奥の方から前方へ奥行の半分程度まで屋根が設置されていて、コンクリートブロック製の側壁により七区画に区分されていた。そして、砂、砂利等の骨材は、種類、粗さに応じて区画ごとに仕分けされ、砂利は、右屋根の上に設置されたベルトコンベアーから下に落とす方法で、また砂は、ダンプカーで工場内に搬入され地面に降ろされたものを被告アサノの社員がブルドーザーで右区画の中に押上げる方法で、それぞれ積み上げられていたが、右のように本件砂置場の前面側半分には屋根もなく、また前面に囲いがないため(前面に囲いのないことは、原告らと被告アサノ間に争いがない。)、砂等は野積みに近い状態となつていた。

3  そして、本件砂置場の地下には、地下坑が設けられ、そこには、区画毎に仕分けされて積み上げられた砂等を、前記プラント工場に搬送するためのベルトコンベアーが設置されており、地上の砂等は、区画内の地表面に約八〇センチメートル四方の取入口のあるホッパーと呼ばれる装置により地下のベルトコンベアー上に落とされる仕組みになつていた。また、右ホッパーには、砂の取入れを調節する蓋(ホッパゲート)が付いており、このホッパゲートと地下のベルトコンベアーは、コンピュータによる自動遠隔操作により、前記プラント工場内での砂等の量が不足してきたときには自動的に作動する構造になつていた。そのため、右コンピュータにより右ホッパゲートとベルトコンベアーが作動を開始すると、区画内に積み上げられた砂等は、ホッパーの真上付近から沈み始め、すり鉢状の深い窪みが出来、窪みの底が更に沈むにつれ、窪みの内側の砂等も次々と中心部分に向けて崩れ落ち、いわゆる蟻地獄状の様相を呈することになる。

4  本件砂置場付近には、ダンプカーで搬入した砂をブルドーザーで同置場の区画内に押込み、積み上げる係の工場従業員一名がその作業の際にいるだけであり、被告アサノは、その外に、右置場を監視する担当者を同置場に配置することはしていなかつた(監視員を配備していなかつたことは、原告らと被告アサノの間に争いがない。)。

5  本件事故が発生したのは、本件砂置場の七区画のうち、北西側から五番目の細砂が積み上げられていた区画(以下「本件細砂置場」という。)であるが、昭和六〇年六月一日当時、本件細砂置場には、約三五〇トンの細砂が高さ約4.5メートル、幅約9.70メートルの砂山状に積み上げてあつた。

そして、同日、午後二時五〇分頃、本件砂置場付近で本件被害児童らの友人である訴外白沢繁夫(以下「白沢繁夫」という。)、同茂木昭裕(以下「茂木昭裕」という。)、同名取真一(以下「名取真一」という。)及び高久和生の弟である訴外高久雅生(以下「高久雅生」という。)と共に遊んでいた本件被害児童らが、本件細砂置場の砂山の頂上の窪みに白沢繁夫及び名取真一と一緒に入つた際、偶々コンピューターによる自動運転状態で、ホッパゲートと地下のベルトコンベアーが作動し、砂の取入れが始まり、これにより窪みの中心部分が沈み出し、名取真一は外に這い出し、また、白沢繁夫は両手を砂の中に突き刺すなどして落ちないようにしてそれぞれ助かつたが、本件被害児童らは、中心部分に向かつて崩れ落ちる砂に埋もれ窒息死した。

6  その後、本件事故当時の本件工場の工場長代理であつた訴外伊與田直行は、昭和六二年八月二〇日、東京北簡易裁判所において、本件事故につき、工場施設の安全管理者として部外者の工場内立入りを防止する塀を設置するなどして、事故発生を防止する義務を怠つた過失があるとして業務上過失致死罪で罰金二〇万円の略式命令を受けた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三被告らの責任

そこで、被告らの責任の存否について判断する。

1  「土地の工作物」と占有

(一) 前記二項の1ないし4の認定事実によれば、本件砂置場が民法七一七条にいう「土地の工作物」に該当すること、及びこれを被告アサノが直接管理支配して占有していたことは明らかであるというべきである。

(二)  ところで、原告らは、被告日本セメントも本件砂置場を占有していた旨主張するので、この点について判断するに、前記認定のとおり、本件工場敷地は、被告日本セメントが所有し、これを被告アサノに賃貸していたものであり、また、成立に争いのない甲第四八号証及び弁論の全趣旨によれば、被告日本セメントは、被告アサノの株式の五〇パーセントを保有するいわゆる親会社であり、また、両会社は、人事面でも被告アサノの監査役の一人が被告日本セメントの取締役を兼務するなどの関係があつたことを認めることができるが、本件工場敷地部分は、被告日本セメントが被告アサノ以外にも、賃貸しており、被告日本セメントが本件工場敷地の使用について調整も行つていた旨の原告らの主張は、これを認めるに足りる証拠がない(ちなみに、証人東宮秀夫は、同人が昭和五九年七月まで本件工場の工場長の地位にあつたが、本件工場敷地の全てを被告アサノが被告日本セメントから賃借しており、その一部を被告アサノが訴外前田建設に転貸していた旨供述している。)。

右認定事実によれば、被告日本セメントが、親子会社の関係から、被告アサノの会社経営に対し、一定の影響力を有していたと推認できるとしても、個々の業務や生産過程に至るまで関与し、さらには、本件砂置場を事実上管理支配をしていたことまでは到底認めることができず、また、本件被害児童との関係で、本件砂置場を管理支配すべき地位にあつたということもできないといわざるを得ない。

したがつて、被告日本セメントが本件砂置場を占有することを前提とする原告らの同被告に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

2  本件砂置場の設置保存上の瑕疵

前記二項で認定のとおり、本件砂置場は、自動運転で砂の取入れが始まると積み上げられた砂等の山がホッパーの真上付近から崩れ落ち、人命に極めて危険な状態となる構造を有していたことは明らかであるが、前掲甲第四五ないし四七号証、いずれも成立に争いのない甲第四八ないし六七号証及び検証結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

本件工場敷地は、面積約一万二二三八平方メートルであるが、南東側約三〇〇〇平方メートルは日本コンクリート株式会社外三社が使用し、被告アサノが使用している部分とは壁及び塀等で仕切られていること、本件工場敷地の周囲は、北東、南東、南西部分には、いずれも高さ約二メートルのコンクリート塀が設置されているが、北西側には塀がなく、工場敷地と道路との境は、約四七センチメートル工場敷地側の土地が高くなつていて、そこには松、ポプラ等の樹木が約一ないし二メートルの間隔で植えられているだけで、約104.95メートルに亘つて人の出入りが自由に出来る状態となつており、北東寄り部分には幅約10.7メートルに亘つて樹木のない部分もあつたこと、本件工場敷地南西側には、幅約10.62メートルと約8.93メートルの出入口があり、北西側には幅約4.05メートルの出入口があり、いずれも門柱には無断立入禁止の表示が掲げられていたものの、門扉等はなく、外部からの立入り通行は自由であつたこと、本件工場敷地の北東側、南東側はいずれも道路を隔てて、住宅があり、同敷地内には、しばしば、近隣に住む子供達が遊びに入つてきており、本件事故当時本件工場には一三名の従業員が所属していたが、その大半の者が工場敷地内で子供達を目撃していたこと、本件工場の管理者は、工場敷地内で子供達を見つけた場合には、外に出るように注意していたが、それ以外子供達の立入りの問題については何ら対策を講じていなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故当時、本件工場においては、外部からの人の立入り防止について従前から充分な対策が講じられていなかつたうえ、被告アサノは、本件工場敷地内に子供達の立入りが多かつたことを充分認識していながら、子供達の立入り防止に対する対策として行つたことは、子供達を見つけた際にこれを注意するという程度のものにとどまり、本件工場敷地の北西部に塀を設けるなどの抜本的な立入り防止策を講じず、また、右のような立入り防止策を講じないのであれば、本件砂置場自体の安全性の確保に務めるべきであるにもかかわらず、前記二項の2で認定したとおり、本件砂置場の前面に何らかの囲いをしたり、あるいは、砂置場に砂の取入れの際の監視員を配置するなどの安全性確保の対策も講じていなかつたものであるから、本件砂置場の設置保存には瑕疵があつたものといわざるを得ず、本件事故は、右瑕疵により生じたものであることが明白である。

3  よつて、被告アサノは、本件事故によつて原告らが被つた後記損害につき、土地工作物の占有者としての責任を負うというべきである。

四原告らの損害

1(一)  本件被害児童らの逸失利益

成立に争いない甲第一号証の一、二と弁論の全趣旨によれば、本件事故による死亡当時、高久和生は、満一一歳の男子、原田友和は、満九歳の男子であつたことがそれぞれ認められるところ、本件事故によつて死亡しなければ、少なくとも、一八歳から六七歳までは稼働可能であり、その間の生活費は収入の半分とみるのが相当であるから、昭和六〇年度の賃金センサスを基礎に、年五分の割合による中間利息をライプニッツ方式で控除した本件被害児童らの各逸失利益を算出すると、それぞれ左記の算式及び金額(円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

(1) 高久和生 二六一七万七〇一二円

4,228,100×0.5×(18.1687−5.7863)

=26,177,012.72

(2) 原田友和 二三三八万三二九五円

4228,100×0.5×(18.1687−7.1078)

=23,383,295.64

(二)  相続

原告高久信行及び同高久行子が高久和生の両親であり、原告原田一光及び同原田クニ子が原田友和の両親であることは当事者間に争いがないから、原告高久信行及び同高久行子は、高久和生の右逸失利益の損害賠償請求権をそれぞれ法定相続分の二分の一に相当する各一三〇八万八五〇六円宛、原告原田一光及び同原田クニ子は、原田友和の右逸失利益の損害賠償請求権をそれぞれ右同様の二分の一に相当する各一一六九万一六四七円宛、それぞれ相続により取得したことが認められる。

2  原告らの慰藉料

<証拠>によれば、原告らは、いずれもその将来を期待していた本件被害児童らの本件事故による不慮の死による著しい精神的打撃を受けたことが認められるが、右精神的苦痛に対する慰藉料は、本件事故の態様その他本件に関する諸般の事情を勘案すると原告ら各自に対しそれぞれ七〇〇万円をもつて相当と認める。

3  葬儀費用

前掲甲第一四号証及び弁論の全趣旨によると原告らは、それぞれ本件被害児童らの葬儀をしたことが認められるが、右児童らの死亡当時における年齢等を考慮に入れると、本件事故当時における損害として、相当な葬儀費用は被害児童各自につき、それぞれ八〇万円、したがつて、原告各人ごとに四〇万円と見積もるのが相当である。

4  過失相殺

前記二項の5で認定した事実に、<証拠>を総合すると、本件事故当時、高久和生は、小学校六年生、原田友和は同四年生であり、いずれもその年齢相応の判断力を有していたと認められるところ、同人らは、前記のとおり白沢繁夫、名取真一、茂木昭裕及び原田雅生と共に合計六名で、高久和生の発案により、本件工場敷地内に遊びに行くことに決め、本件工場敷地北西側の道路との境の植込みの途切れたところから、同工場敷地内に立入り、同工場の従業員に見つかると、注意され叱責されるため、見つからないように、まず、同敷地内の傾斜ベルトコンベアーの下に隠れ、そこからさらに本件細砂置場前に停車していたブルドーザーの所まで行つてその陰に隠れ、そこから本件細砂置場の砂山に登り降りし、右砂山の頂上付近にできた窪みに入るなどして遊んでいたが、工場の従業員が右砂置場に近づいてきたため、本件被害児童らと白沢繁夫及び名取真一の四名は、右砂山頂上付近の窪みの中に隠れ、高久雅生は右窪みの中に入るのが恐く思えたため、茂木昭裕とともに、前記ブルドーザーの陰に隠れたところ、砂山の方で本件事故が発生したこと、高久和生は、母親から、普段、本件工場敷地内の砂は崩れるから危険であり、入つてはいけない旨注意されていたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件被害児童らは、いずれも当時小学校六年生と四年生としての判断力を有しており、他人の工場敷地に無断で立入ることは、少なくとも、工場の従業員に注意され叱責されるような悪いことであること、また、本件砂置場の構造を知らなくとも、砂山それ自体の崩れ易さから砂山の危険性は充分認識し得たというべきである(現に右認定のとおり、高久雅生は、窪みに入ることに恐れを感じている。)にもかかわらず、工場の従業員に発見されないように、隠れながら本件砂置場の所まで立入り、砂山の窪みに入るなどして遊んでいるうち、本件事故が発生したものというべきであるから、本件被害児童らにも本件事故発生につき過失があるといわざるを得ない。

したがつて、本件事故による原告らの損害の算定については、本件被害児童らの右過失を被害者側の過失として斟酌すべきであり、これと見解を異にする原告らの主張は、いずれも採用の限りではない。

そして、本件被害児童らの本件事故に対する過失割合は、被告アサノの本件砂置場に対する設置保存の瑕疵の程度をも勘案すれば、各人とも五割とするのが相当である。

前記1ないし3項によると、原告ら各人の損害額合計は、原告高久信行及び高久行子が各二〇四八万八五〇六円、原告原田一光及び同原田クニ子が各一九〇九万一六四七円となるところ、右各損害額について右の過失割合で相殺すると、その損害額は、原告高久信行及び同高久行子につき各一〇二四万四二五三円、原告原田一光及び同原田クニ子につき各九五四万五八二三円となる。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によると原告らは、本件訴え提起につき、弁護士である原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起追行を委任したことが認められる。そして、弁護士に訴訟委任をした場合、一般的に報酬契約が存することは当裁判所に顕著である。本件訴訟においては、事案の内容、審理の経過、認容額を総合考慮すると、本件不法行為と相当因果関係にあり、被告アサノに負担させるべき弁護士費用は、原告ら各自について、それぞれ八〇万円と見るのが相当である。

6  以上から算定すると、原告高久信行及び同高久行子の損害合計額は、各一一〇四万四二五三円、原告原田一光及び同原田クニ子の損害合計額は、各一〇三四万五八二三円ということになる。

五以上によれば、原告らの請求は、それぞれ被告アサノに対し、前項6記載の損害額とこれに対するいずれも本件不法行為の日である昭和六〇年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから正当として認容し、被告アサノに対するその余の請求及び被告日本セメントに対する請求はいずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官阿部則之 裁判官芦澤政治 裁判長裁判官塩崎勤は転補のため、署名押印することができない。裁判官阿部則之)

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